このウエブサイトは、80年代バブルへの郷愁から刹那的な消費に走るふつつか者である私(over40)が、購入或いは頂いた数々の物品を独断と偏見で褒めまくるウエブサイトである。或いは、私の消費を正当化するために、私がいかに価値のあるものを購入したかというの情報を発信するウエブサイトである。或いは、先細りの内需を刺激するために、これから私が身を削って購入しようとするもの、熱烈に欲しいものの情報を発信するウエブサイトである。








<DCブランド 赤面するほどの懐かしさ>

サザン(Southern All Stars)やユーミン(Yuming)を聴き、ホイチョイプロダクションの業界マンガ(気まぐれコンセプト)を読み、カヘバー(cafe´−bar)やディスコ(DISCO)やプールバー(pool−bar)へ繰り出す、というのが、1980年代中盤頃の若者の生態の一つであった。ブルジョアな者は、真っ赤なアウディ(Audi100)か白いプジョー(205)か子ベンツ(190E)に乗り、代官山や、自由が丘や、六本木あたりを巡航し、週末には、テニス、スキー、ゴルフの何れかを楽しんだ。バブルの浮かれ気分を満喫した季節である。丁度、東京にいて、そんな浮かれ気分を楽しんだことが懐かしい(ブルジョアな友人に便乗して・・)。出口の見えない未曾有の不況の現在(2010年)では、あれは夢だったのかと疑う過去である。

そんな季節を代表するものに「DCブランド」がある。時代の徒花(あだばな)的に隆盛したドメスティックな数々のファッションブランド。Over40の世代は大学生頃にDCブランドの洗礼を受けた時代である。私も学生時代に「ホットドッグプレス」「ポパイ」「メンズノンノ」「チェックメイト」「メンズクラブ」「ファインボーイズ」などの経典を読破したものだ。

社会人となってDCブランド品を購入できるようになった頃には、コムサ・デ・モード・メン(COMME C,A DU MODE MEN:現在 COMME C,A MEN)のスーツを好んで着ていた。社会人も2年目となると、このお兄さんブランドの「TETSU COMME C,A DU MODE MEN」や「TAKEO KIKUCHI」などを好んで着ていた。恥ずかしながら、あれから20年経過した今でも、当時のジャケットが何枚かが捨てられずに置いてある。きっと未来永劫着ないだろうけども、なかなか捨てるきっかけが作れない(笑)。それにしても、バブル崩壊以降に、コムサ・デ・モード・メンを購入した記憶がない。きっと、現在でもFIVEFOXes系のブランドは素敵なデザインの衣類を提供しているのだろうけれども・・・。

ところで、何ゆえに唐突にDCブランドなのか、といえば、実は、最近、MEN’S MELROSEのコートを購入したからだ。流行のアウトレット店で、当時の面影が残るようなやわらかいデザインのコートが、思いのほか廉価で売られていたのだ。20年前の懐かしさが込み上げてきて、思わず購入してしまった。古き良き時代への郷愁である(Over40が着てもいいかしら?)。


それにしても、当時は乱世であった(カノッサの屈辱風)。以下に、DCブランドと言われたものを思い出すがままに挙げてみる(括弧内はブランドに対する20代の頃の私のイメージ(あくまでも個人的なイメージ)です)。

Y’s、COMME des GARCONS(スタイリッシュ憧れ系)。MEN’S BIGI、NICOLE(手が届く憧れ系)。MEN’S MELROSE、MEN’S FLANDRE(フェミニン系)、「TAKEO KIKUCHI」(World系)。COMME C,A DU MODE MEN、、BRAINS、ATELIER SAB For MEN、BATSU(スタンダード系)。カールヘルム(ピンクハウス系)、AbaHouse、Persons for MEN、Scoop Man(カジュアル系)、PAPAS(夢のカリホルニア系)、GRASS MENS、DOMON(トンガリ系)、VIVA YOU、リネアフレスカ(アイドル系)、JUN(先駆的な正統派系:DCブランドより前かも)。

ファッションと共に、当時の若気の至りに思いを馳せて「ナウかった」自分に赤面するOver40諸氏も多いはず。それでも、叫びたくなりませんか「バブル・アゲイン!」と。(2010/1)












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